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東京高等裁判所 昭和28年(う)2873号 判決 1954年2月22日

控訴人 被告人 阿部丸一 外二名

弁護人 芦刈直巳 外一名

検察官 小西太郎

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添付した弁護人芦刈直巳、同河村貢両名共同名義の控訴趣意記載のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

論旨第一点の一について。

原判決別表第一、第二を見ると、被告人等が原判示の保険募集に当つて不実のことを告げた相手方たる阿部次八外九名の中、恩田賢治、福田清一の両名を除けば、いずれもその後締結された保険契約の当事者になつていないし、その被保険者でもないことは所論のとおりである。しかしながら右保険募集の相手方となつた人々はいずれも保険契約者となつている者の父親であり、その職業、生活環境、年齢等からすれば、一家の主宰者であり、経済的実権を握つているのは、いずれの場合にも募集の相手方となつている人々であると推定できるのであり、殊に小林三津五郎の場合に於ては同人が大正十年生で原判示の保険契約締結時たる昭和二十四年には二十八才の若年であることを思えば、同人の長男であり保険契約者である小林栄一は父親から独立してその自由に保険契約を締結し得る地位、年齢に達していたとは認められないところである。しかもこのような場合に一家の支柱である父親が、その子供を被保険者とする生命保険契約を申込むについて、保険契約者として子供の名前を用うることは世上実例の多いところで、何人もこれを異とするものはない。本件に於ても、被告人等から保険加入を勧誘された阿部次八、小林三津五郎等が、その長男を被保険者とする生命保険契約を日本生命保険相互会社に申込むに際し、保険契約者の名前を被保険者と同一にして子供の名前を使つたものであり、実質的には被告人等が保険の募集をした相手方こそ、保険契約申込書や保険証券に表示されている保険契約者氏名の如何に拘らず、保険契約者に外ならないものと認められる。

原判決がその別表第一、第二の最下段に募集相手方の五文字を括弧で包み、その右脇に保険申込人記載として夫々阿部次八等の氏名を表示しているのも同人等がその子たる阿部隆太郎等に代り実質的に保険契約者であることを示したものと認められる。従つて被告人等がかかる実質上の保険契約者に対し原判示の如き不実のことを告げた事実の存する以上は、保険募集に関する法律第十六条第一号に違反したものとして同第二十二条を適用されるのは当然であつて、原判決には所論の如き理由を附せず又は理由のくいちがいがあるとは認められないから論旨は理由がない。

同第三点について。

原判決挙示の証拠によつて被告人阿部丸一、同中西音次、両名が共謀して原判決別表第一記載のとおり阿部次八外六名に対し日本生命保険相互会社の自由満期保険の募集に当り、保険料払込五年後は何時でも自由に満期にして払込保険料全額の払戻を受けられる旨不実のことを告げたとの原判示第一事実及び被告人中西音次同恩田長治両名共謀して原判決別表第二記載のとおり福田清一外一名に対し前記自由満期生命保険の募集に当り、前同様不実のことを告げたとの原判示第二事実を夫々認めることができるのであり、所論のように自由満期生命保険解約の場合に被告人等が通常の養老保険の場合のように解約控除金を徴しないで、積立金の全額を払戻して貰える旨説明したのを、相手方が誤解し、払込保険料の全額払戻を受けられるものと考えただけの事で被告人等に不実のことを告げた事実が存しないとすることはできないのである。

そこで所論を検討するに、所論は先ず共謀の点の証拠が明確でないと主張する。しかし原判決挙示の証拠によれば、原判示第一事実にあつては被告人阿部、同中西両名が、同第二事実にあつては被告人中西、同恩田両名が、同伴の上夫々各募集の相手方を歴訪し前記自由満期生命保険に加入方を勧誘したものであり、その際同伴した被告人の中のどちらかが相手方に前記のような「保険料払込五年後は何時でも自由に満期とし払込保険料全額の払戻を受けられる」旨を告げたかは確定し難いにしても、被告人等中一人が右不実のことを相手方にこれを告げた事実は否定できないところであり、しかも他の同伴した被告人は単なる傍観者ではなく、相被告人と互に意思連絡の上で自由満期生命保険が加入の有利なことを強調したと認められるので、原判決がこれを共謀と認めたのは正当といわなければならない。

次いで所論は被告人等には相手方を欺罔し、保険に加入させんとの意図はなく、相手方も被告人等の言を誤信し因つて本件保険契約を締結したものではなく、更に根本的にみれば被告人等が不実のことを告げた行為自体が存在しないものと主張する。しかし被告人等が相手方に不実のことを告げたとの事実は冒頭説明のとおりであるのみならず、それが保険契約締結を目的として為されたものであることも前掲証拠によつて明白なところである。而して保険募集の取締に関する法律第十六条第一号がその所定の如き行為を禁止している所以のものは保険募集の際不実のことを告げられこれによつて保険契約を締結せんとする者を保護しようとすること所論の通りとしても、保険募集の際、同条所定の者が保険契約者又は被保険者に対し不実のことを告げた事実が存する以上は、保険募集の取締に関する法律第十六条第一号に違反するものというべきで、不実のことを告げられた相手方がこの不実のことを真実と誤信し、且つこの誤信に基いて保険契約を締結したとの事実の存在することまでを要件としているわけではない。

それ故本件に於ける相手方が被告人等の言を或は不安、不審に感じこれを全面的に真実なものと誤信したわけではなく、或は被告人等の言によつて、五年後に解約することを予定して本件生命保険契約締結に至つたものでないとしても、いいかえると、被告人等の不実のことを告げたことと相手方の誤信及びこれによる契約締結という三段階の因果関係が存しないとしても被告人等の原判示所為は同法第一六条第一号の適用を免れることはできないのである。更に論旨は原判示が「払込保険料の全額払戻を受けられる」ことが不実であつたとしているに対し、少くとも払込保険料の中積立金の部分が払戻される以上、右判示の全部を不実とすることはできず、如何なる程度の不実であるかを取調べる要があるに拘らずこの点必ずしも明確でなく審理不尽の疑があるとしている。しかしたとえ積立金が払戻されるにしても、払込保険料全額の払戻を受けられると告げたことが不実であつたことは明白であり、真実払戻を受けられる部分と然らざる部分とに区別して判示しなければならないものではなく、この点原審に審理不尽な点を認められない。

要するに所論は原審の適法なる証拠の取捨選択を論難するか、又は原判決に副はない主張をするものであるから採用できない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

控訴趣意

第一点原判決には理由を附せず又は理由にくいちがいがある。

原判決によれば被告人等は「いずれも外務員として生命保険募集人であるところ第一、被告人阿部丸一、同中西音次の両名は……別表記載の通り……阿部次八外六名に対し日本生命保険相互会社の自由満期生命保険の募集に当り保険料払込五年後は何時でも自由に満期にして払込保険料の全額の払戻を受けられる旨不実のことを告げ、第二、被告人中西音次、同恩田長治の両名は……別表第二記載の通り……福田清一及び石坂伝策に対し前記自由満期生命保険の募集に当り前同様不実のことを告げた」との事実を認定した上これに保険募集の取締に関する法律(以下保募取締法と略称する)第十六条第一号同法第二十二条等の法条を適用処罰しておる。然しながら

一、保募取締法第十六条第一号は「保険契約者又は被保険者に対し」不実のことを告げる行為を規定するところ前記認定の事実中別表第一、第二の記載によれば恩田賢治、福田清一の両名を除く爾余の七件は保険契約者又は被保険者と不実のことの被告知者とが全く別人であり判決の掲げる各証拠によるも被告人等が保険契約者又は被保険者に不実のことを告げたことは認められない。もつとも保険者たる石坂兵策については第五回及第十二回の各公判調書中同証人の証言としては一応判示事実にそうような供述があるが他方「問、中西、恩田両被告人が勧誘に来たときは口頭で話されたのか」「答、大体私は最初から隣りの部屋におりまして果して書面かどうか瞭然解りませんでしたが多分口頭と思います併しその後直ぐ私は仕事場に立ちましたので詳しい事は解りません」(第五回調書)「問、勧誘に行つた人は誰か」「答、恩田と中西と記憶しており私は彼等より直接聞いたのではありませんが……恩田、中西等は父と話しておりましたのでありまして私はその隣りの部屋で聞いておりました」(第十二回調書)とあつて直接被告人等より不実のことを告げられていない。保募取締法第十六条第一号にいう「不実のことを告げ」とは尠くとも被告知者も充分認識しつつ例えば面接して口頭を以て乃至は文書の交付等の手段方法によりて直接被告知者に告知せんとする不実のことを伝達することを指すものと解すべきであつて間接の手段、方法によつた場合は含まれずましてや間接的に不実のことを知る結果となつた場合は全然問題外であるから石坂兵策の前記の事例は当然に同条第一号に該当しないものと認むべきである。

第三点原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかなる事実の誤認又は法令の適用の誤がある。原判決は「第一、被告人阿部丸一、同中西音次の両名は共謀して別表第一記載のとおり……中略……保険料払込五年後は何時でも自由に満期にして払込保険料の全額の払戻を受けられる旨不実のことを告げ、第二、被告人中西音次、同恩田長治の両者は共謀して別表第二記載のとおり……中略……前同様不実のことを告げたものである」と判示しこれに保募取締法第十六条第一号刑法第六十条等を適用しておる。

一、ところが被告人間に判示の如き共謀ありとの事実は認められぬのである。即ち被告人阿部丸一、同中西音次、同恩田長治はいずれも公判廷に於て終始判示認定事実の全部を否認しておるところであるが判示証拠中被告人阿部丸一、同恩田長治の司法警察員並に検察官に対する供述調書によればいずれも僅かに中西被告人と相共に自由満期生命保険の勧誘に赴いた旨の記載がある丈けであり、又被告人中西音次の司法警察員並に検察官に対する供述調書によれば被告人阿部丸一又は同恩田長治と共に前記生命保険の勧誘に赴き自らが不実のことを告げたかの如き記載はあるも同伴の被告人との間に共謀したる旨の記載は毫末もないのである。而して、証人阿部次八の供述(第二回公判調書)中には「問、五ケ年経てば弐拾万円払戻されるとゆう事は誰が話したのか」「答、中西はどうか判りませんが確か阿部が云いました」とある外保険に関する説明は自分がした旨の被告人中西の問に対し「或は中西が話されたかも知れません云々」と答えておつて必ずしも明白でない。又証人恩田賢治の供述(同上)中には「問、五ケ年云々と誰が云つたのか」「答、別に誰々と云いきれませんが二人で交代交代にと云うわけではありませんがちよいちよい口をはさみ合いながら話したのであります」とあつてこれ亦被告人阿部丸一、同中西音次間に共謀ありとは認め難いのである。証人小杉進一の供述(第三回公判調書)によれば「問、本件の保険は誰が来たか」「答、最初阿部一人で参りましたが二回目か三回目頃二人で参りましたそして説明は主として阿部がやつたように記憶します」とあつてこれ又共謀が明らかでない。又その他の小林三津五郎、小川信吉、阿部善吉、本田彌市郎、福田清一、石坂兵策、石坂伝策の各証言によるもいずれも被告人阿部丸一、同中西音次、同恩田長治等が一緒に来つて勧誘したと供述するのみであり特に小川信吉の如きは「勧誘時における話は主として誰がしたか記憶にありません」(第二回公判調書)と陳述しておる。

二、保募取締法第十六条は保険契約の正常なる情況下に於ける締結を目的とした規定であるから契約の当事者たる保険会社と保険契約者又は被保険者の双方又はいずれか一方が欺罔せられて保険契約が締結されることを防止せんとするものである。従つて同条違反が成立する為めには保険契約の仲介斡旋的立場にある生命保険募集人等に於て同契約の当事者も欺罔せんとする意図を有することを前提とすることは勿論であつて、かかる意図に基く一連の行為の最終目的が保険契約の締結でありその締結までに至らぬ過程のものが募集であると解すべきである。然るに本件の場合に於ては被告人等は毫末も保険契約者等を欺罔する意図を有せず又保険契約者等も何等の誤信事実はなく更に不実のことを告げ又告げられた行為もなかつたのである。これを詳述すれば、

(一)被告人等は公判廷は勿論検察官の取調に対しても不実のことを告げたことなき旨を強調しており又動機その他の客観的情況よりするも犯罪を敢行してまで保険契約を締結する必要性がなかつたのである。(なおこれに反する被告人中西音次に対する司法警察員の供述調書の信憑し難い点は第二十三回公判調書に明らかである)

(二)而して自由満期生命保険とは「現今の経済情勢及び一般大衆の保険思想に鑑み目下販売中の利源配当附養老保険の一部を修正し保険期間の短縮を認め養老保険と定期保険の中間を行く保険種類とし利源配当附自由満期との保険(日本生命保険相互会社の認可申請理由)であり昭和二十三年八月十二日大蔵省銀行局長より認可されたものであつて、従前の各種保険と異り五年を経過した場合には自由に契約の解約を認めると共に通常の養老保険の如く「解約控除金」を徴せずして責任準備金の全額を払戻すか又その際据置の措置を採つたときは右払戻金の外若干の利益配当を附する新種の保険(詳細は被告人等の公判調書参照)であつた。従つて被告人等に於ても勧誘に当り若干の説明不充分はあつたものと認められるが決して「払込保険料の全額の払戻」を受けられる旨を強調したようなことはなく却つて保険契約者等の側に於て自ら払込保険料の全額と積立金の全額とを混同誤解したものと認められるのである。例えば恩田賢治の証言(第二回公判調書)「問、証人はこの保険をずつと長く続ける事が出来たのか」「答、そうです父も退職しその退職金が入り又家では乳牛を飼つており収入もありますので五ケ年間で払戻そう等とは考えておりませんでした」とあり本件の保険は従前のものを増額したのであつて何等欺罔せられた結果五年の経過後に解約することを予定して保険契約を締結したものではない。又本田彌市郎の証言(第三回公判調書)によれば「余り話がうますぎるので少し不安に思いましたが何しろ隣家の福田盛太郎と云う人が勧誘員と一緒に参りまして俺も加入したがどうかと云われますので信用して入つたのであります」「大体私は阿部中西だけが募集に来たのであればそう簡単には加入しませんが福田さんがついて来ましたのですつかり信用したのであります」とあつて被告人等の言に罔わされていないのである。又石坂兵策の証言(第五回公判調書)にも「私は不審に思いましたが相続税の事もありましたので思い切つて加入してみようという事で加入したのであります」とあつてこれ又欺罔されていないことが判る。なお佐田定吉、野口久一郎、高村藤市、藤田富二、加藤熊次、横山藤毅治、金安九郎等の証言によれば利息即ち前記利益配当がとれるのであれば当然元金たる掛金も全部払戻されると自ら思い違いしていたのであつて、本件に関し取調べを受けたほとんどの者が保険契約の経験者であること又本件の摘発が日本生命保険相互会社の実績をくずさんとした策動に乗ぜられて始つたこと等に徴すれば本件が犯罪に該当するものでないことは明らかであろう。又阿部善吉、小林三津五郎の証言中には検察官より必要以上に偽証罪につき注意を喚起されたかのような供述があることをも附言したい。(三)原判決の認定事項は単に「払込保険料の全額の払戻を受けられる」ことが不実であると判示しておるが尠くとも払込保険料の中積立金の部分は全部払戻されるのであるから既述の如く保募取締法第十六条の法意に徴するときは如何なる程度の不実であるかを証拠によつて充分取調べる必要があるに拘らず公判調書によるもこの点が必ずしも明確でなく審理不尽の疑がある。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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